中国における人的資源と労働市場の形成

――職業資格制度と契約制度の導入をめぐって――

徐 向東(立教大学)

(報告要旨)

 東アジア、そして中国の経済成長を持続させるには、「人的資本」の要素は極めて重要である。社会学的な視点で中国の国有企業をみる場合に、国有企業は単なる生産機能だけではなく、生活保障機能と政治支配機能などをもつ三位一体の「単位」組織だと理解されている。こんな国有企業の内部機能の一つは大学と技術学校の人材育成システムの企業内部化である。国有企業改革においては社会化機能が企業から分離される方針がとられているが、企業内の教育訓練施設は同列に論じられるべきではない。平均的な職業教育を行う技術学校は独立化し社会化が進むであろうが、企業特殊技能と密接な関係にある技術学校若しくは大学は企業内に存続されていくであろう。
 国有企業改革の課題の一つは余剰労働者を切り離し、組織人員のスリム化を図ることである。具体的なやり方として導入されたのは能力査定と資格制度である。改革開放以降、技術者と経営者管理者の採用と抜擢に当たって学歴と資格が必要条件となり、下級管理者、さらに現場労働者に対しても、資格や学歴をを求める傾向が強まっており、職業資格制度が形成されつつある。
 他方、国有セクターの外部に非国有セクターを導入するという漸進的な改革手法は外資を含める非国有セクターの驚異的な発展をもたらしたが、それと同じに、国有企業と外資などの非国有企業との間の「ゼロサム・ゲーム」が繰り返され、国有企業は企業内で育てた人材は、社会的負担が少なく高賃金が支給できる非国有企業に引き抜かれ、人的資本の歯槽膿漏の窮地に追い込まれている。技術集約度の高い産業における人材の空洞化について注意を喚起すべきである。国有企業改革を巡って、余剰人員の削減などの片方の議論が多く、人材確保という肝腎な問題が見落とされている。人的資本の視点からみると、企業のコア技術能力を守っていくことは国有企業改革の焦眉な課題である。
 しかし、現状では人材流出に対して国有企業は歯止めをかける有効な手段を見当たらない。「労働法」の公布と労働契約の導入によって、労働市場の動きが活発化し、組織間の人的移動を阻む要因としての「単位」と「档案」制度は人材拘束機能が弱体化し、「企業内保障システム」も人材の引き止めに奏功しなくなった。
 経済の先行地域や市場化が進む一部の国有企業では、古い「単位」意識から脱却して、人材によりインセンティブを与える意識転換が行れてきたが、行政の縦割り管理が根強く存続しており、国有企業は賃金決定における自主決定権は依然として低い。企業内の人的資本を確保し知的資本を構築するには、国有企業は市場メカニズムへの適応と内部の経営管理の合理化を一層進むしかないである。

(以下、当日配布レジュメ)

一.市場経済における人的資源形成のメカニズム


二.「単位」制度下の労働と雇用


三.中国における雇用調整と職業資格制度の確立


四.今後の方向と日本企業の対応

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